セラピストにむけた情報発信


  高齢者の運動イメージはどの程度鮮明か?



2008年1月15日

運動をイメージするだけで,実際の運動に関わる脳領域が賦活することが明らかになりました.この事実は,スポーツの領域などで古くから実践されてきた,運動イメージを用いた運動学習(メンタルプラクティス)が,認知神経科学的に見て効果があることを示しています.

今ではメンタルプラクティスを臨床におけるリハビリテーションに利用しようとする試みが数多くおこなわれ,徐々にその成果も見え始めています(参考:樋口貴広, 渡辺基子,今中國泰 (2005). 運動学習とイメージ.理学療法, 22, 1008-1106.

しばしば指摘されるのは,想起した運動イメージが鮮明であるほど,メンタルプラクティスの効果が期待できるということです.またこの運動イメージは,他人が運動しているところを視覚的にイメージするのではなく(3人称的イメージ),自分が実際に運動した時に筋運動感覚的に得られるイメージ(1人称的イメージ)でなければなりません.

では高齢者の1人称的運動イメージは,どの程度鮮明なのでしょうか.若齢者と遜色ないレベルに鮮明なのでしょうか?臨床場面で高齢者の運動学習を支援するセラピストの方々にとって,この問いは運動イメージの有効性を判断するために重要です.

最近,高齢者の運動イメージの鮮明性を質問紙レベルで測定した研究が報告されました.
Mulder et al. 2007 Motor imagery: The relation between age and imagery capacity. Hum Mov Sci, 26, 203-11

彼らが使用した質問紙は,『運動イメージの明瞭性調査(Vividness of Motor Imagery Questionnaire: VMIQ)』という質問紙です.24個の動作に対して,1人称的・3人称的な運動イメージを想起してもらい,その明瞭姓を段階で評価してもらいました.

その結果,65歳以上の高齢者は,若齢者および中年者に比べて,1人称的な運動イメージの明瞭性が低いことがわかりました.十分な明瞭性を持つ高齢者は調査対象者の15%程度だったということです.なお,3人称的な運動イメージの明瞭性には,年齢による違いは見られませんでした.

この結果は,運動イメージを用いた運動学習は,高齢者には適用しにくい可能性を示唆します.
確かに,高齢者に若齢者と同じようなイメージ能力を期待するのは,無理があるかもしれません.

しかし,この報告だけで『運動イメージを用いた運動学習は高齢者には使えない』と結論づけるのは,やや早計です.質問紙が要求する運動イメージが高齢者には不向きだったのではないか,質問紙に対する自己回答で,イメージの鮮明性はどの程度正確に測定できるのか,仮に若齢者ほどの効果がないとしても,ある一定の運動学習効果が得られるなら,十分に有効なツールといえるなど,検討すべきことはたくさんあります.

ただMulder et al(2007)の論文は,『全ての高齢者が運動イメージを有効に利用できるわけではない』『安易に運動イメージを使っても効果は見られないかもしれない』といった警鐘を鳴らした点で,意味のある論文だと思います.今後もこのような研究の動向に注目していきたいと思います.
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